不登校ブログその848.学校に行く意味、勉強する目的が分からなくなっている不登校の子に必要な情操教育。
- 不登校・引きこもりカウンセリング「エンゼルアカデミー」
- 2021年8月1日
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現代の教育は知識を伝えることに重点を置いた「知識教育」ですが、これだけが教育ではありません。考える力や、善悪の価値基準などを伝える「情操教育」も、教育にはあります。
昔の寺子屋などでは、論語などの古典を教えていましたが、あのような古典は、「人はいかに生きるべきか」ということを教えていました。そうした古典で学んだことを土台にして、当時の子供たち・若者たちはどう生きるべきかを考え、それぞれの生き方を模索していったのでしょう。
不登校になっている子供たちの中には、「何のために生きるのか」「何のために社会に出るのか」という疑問を抱いている子がいます。たびたび書いてきましたが、不登校の子の中には、物事を深く考える傾向のある子がいますので、そのような疑問を抱くことがあるのでしょう。
しかし、現代では知識教育に重点が置かれ、情操教育はほとんどなされていません。そのため、その疑問に答えを出すのが難しいのです。そのため、疑問を抱えたまま学校に行き続け、勉強し続けることになります。その状況に空しさを感じるようになると、「もうこれ以上、学校に行きたくない」と考えるようになってしまって、不登校になることがあるのです。
塾講師をしていた時に、勉強はできるものの、なかなかやる気の出ない子がいました。その子も物事を深く考えるタイプで、勉強はできるものの、なぜ勉強するのか、その目的とは何かが分からないため、勉強すること、学校に行くことが苦痛で仕方ない、と話していました。
こういう形で疑問を感じ、不登校になる子供たちにこそ、情操教育が必要でしょう。そうした子供たちの疑問に100%、答えるものではないかもしれませんが、少なくとも、考える材料はそこから得られるでしょう。
何かについて考え、答えを出したいと思うのでしたら、その手本となるものが必要です。独学で到達することもできないことではありませんが、そういう人は少数です。現代の教育ではほとんどなされていない情操教育ですが、その情操教育に「いかに生きるべきか」という手本があるのですから、手本となりうる情操教育を子供たちに与える場が必要です。
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