不登校カウンセリングブログその1375.不登校初期に、子供の不登校を受け入れると、その後の状況の変化がスムーズになるのはなぜでしょうか。
- 不登校・引きこもりカウンセリング「エンゼルアカデミー」
- 2023年2月3日
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子供が不登校になった直後に、親は、その状況を受け入れるべきだということを、聞いたことがあると思います。わが子の不登校を、速やかに受け入れると、不登校の状況の変化がスムーズになり、解決までの時間が短くなる、ということです。それはなぜでしょうか。
不登校になった子供は、思春期にさしかかって大きくなるべき「客観的自己」、すなわち「他人の目を意識した自分」「他人から見て『こういうふうに思われている』という自分」を、大きく損なっています。他の子供は普通に学校に行っているのに、自分は学校に行けていないという状況ですから、現実にはそうでなくとも、「他人の目からは、自分は劣っているふうに見える」と考えてしまっています。
そうなりますと当然、もう一つの心理である「主観的自己」、すなわち「こうしたい自分」「こうなりたい自分」もまた、大きく損なわれてしまいます。簡単に言いますと、自信を無くし、こうなりたい、こうしたいという思いがほとんどなくなっている状態になるのです。
しかし、不登校直後に、子供の不登校を親が速やかに受け入れると、「客観的自己」がまず大きく損なわれずに済みます。「客観的自己」は、「他人の目を意識した自分」です。親が、不登校の状況を受け入れ、そこに大きな動揺を見せなければ、「自分が不登校になったことは、親にとってはたいしてショックではないことなんだ」と子供は実感できます。親という「他人の目」から見て、自分が不登校になったことは、大きな出来事ではないということになりますので、「客観的自己」は完全にしぼむことなく、ある程度の大きさを保つことができます。
「客観的自己」が完全にしぼんでしまうと、「もう、他人からどう見られてもいいや」と投げやりになりがちです。他人の目を意識すればこそ、自分をきちっと律することができる面が、人にはあります。「客観的自己」が完全にしぼめば、他人の目を意識しなくなり、そのために投げやりになりがちなのです。
しかし、「客観的自己」が保たれれば、他人の目からみた自分を意識することになりますので、自分を律する心もまた保たれます。その心は、不登校の状況から脱しようという原動力になります。
「客観的自己」がある程度、保たれれば、それに連動して「主観的自己」も完全にしぼむことなく、ある程度保たれます。「主観的自己」、すなわち「こうなりたい自分」の大きさが保たれれば、不登校の状況の中で、「こうなりたい自分」に向かって再び、立ち直ることができます。
親が不登校の状況を受け入れることで、「客観的自己」と「主観的自己」が完全にしぼまず、不登校の状況から脱出する原動力となります。その結果、不登校の状況の変化がスムーズになるのです。
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